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布留乃能

『謡曲三百五十番』番外五十一番No.3

※山伏一行は吉野熊野に向かう途中、石上神宮(布留社)に立ち寄る。


<正花風>

<底本:日本名著全集『謠曲三百五十番集』>

 

〈山伏二人ばかり〉次第「法の力をしるべにて。/\心の道を尋ねん。

詞「これは九州彦の山より出でたる行人にて候。われ国々を廻り。霊仏霊社度々順礼仕りて候。此度は都より大和路を経て。吉野熊野に参らばやと存じ候。

歌子「神無月時雨降り置く楢の葉の。/\。名に負ふこれぞ春日山三笠の原を分け過ぎて。行けば程なく石上。布留の社に着きにけり。布留の社に着きにけり。

詞「是なる鳥居を見れば。石上の明神と額に見えたり。急ぎ参社申さばやと存じ候。

〈布を持ちて出ずべし〉一声女「日の光。やふしわねは石上。布留野も晴るゝ。けしきかな。

二句「袖ゆく水のあさ衣を。洗うて風も。なほ寒し。

さし声「げにや名にし負ふ布留のわさ田のかりなりし。秋暮れ冬の初とて。はや薄雪の山陰に。時雨すぎ間の朝嵐。瀧の響も音そふ水の。心も澄める。をりからかな。

歌子「いざ/\布を洗はん。/\。七夕の。五百機立てゝ織る布の。/\。秋さり衣誰とても。あはで身を知るあめとてや。涙も袖を洗ふらん。岸の柳を洗ひしは。玉島川の秋の水。それさへ心つくしかや。/\。

法師詞「不思議やなこれなる御手洗川に。由ありげなる女の童の。さしてみづしとも見えざるが。布を洗ひながら神前を拝み礼をなす由なり。世に不思議なる粧。これはそもいかなる事候ふぞ。

女「さん候これはこの神職の人に仕へ参らする女なり。この布は神の御衣なり。その上この布留の川水にて女の布を洗ふ事。何の不審か候ふべき。法師「こはいかに女人の布を洗ふ事。この川にては不審なしとは。いかさま様ある事なるべし。その謂をも語り給へ。

女「むつかしとお尋ねあるものかな。布留とは布に留まると書きたる謂によりて。神の御衣とは申すなり。まづ/\流石に名を得たる処の有様をば。知ろし召さぬか旅人よ。法師「承りは及びたれども。今始めたる事なれば。委しく名所を教へ給へ。

女「まづ御覧ぜよ名にし負ふ。布留の山風ふゆたてるの〈からをののともがしわ〉。木の間に見ゆるは石上寺。

法師「かくるや雲の梯と。見えたる山の名は如何に。

女「げによく御覧じとがめたり。雲ともはしとも御覧じたる。

法師「をりから景色も。

女「面白や。

同音歌ふ「初み雪。布留の高橋見渡せば。/\。誓かけてや神の名の。布留野に立てる。三輪の神杉と詠みしもその験見えて面白や。か様にながめせば。さなきだにさも暮れ易き冬の日の。けふの細布にあら・ねども〈ざれど〉。われも身のはたばりはなき。麻衣の営を。かけ副へて洗はん営かけて〈いとなみをかけて〉洗はん。

詞法師「嬉しくも名所々々を教へ給ふものかな。さて/\先に承る。布留とは布に留ると書きたる謂。承り度くこそ候へ。

女「さては未だ知ろし召さゞりけり。当社の御神体は剣にて御渡り候。この川にて洗ひし布に流れ留まり給ひし御剣なり。委しく語り参らせ候はん。

上郎同音「抑この御剣と申し奉るは。地神第一の御代天照大神のこのかみ。素盞鳴尊の。神剣なり。

さし声「八雲立つ出雲の国。簸の川上にして。大蛇を従へ給ひし。十握の剣これなるべし。その後神の代々を経て。国家を守る神剣として。神変飛行を顕し給ふ。

曲舞「人皇第一の帝をば。神武天皇と名付け奉りしなり。筑紫日向の宮崎に。多年を送り給ひしが。この八洲の国には皆。即ち王地なればとて。御船を調へ軍兵を集め・給ひ〈おはしまし〉て悪神を鎮め給ひしも。この剣をふりさけし。みかげの威徳なるとかや。さればこの剣を。とよふと神と号すなり。終には当国この石上に。をさまり給ふより。国家をまほりの神となり怨敵を鎮め給ふ事誠にめでたかりけり。又その御名を。布留の剣と申す事。この川上の流水より。流れ出で給ひてしつしの。洗ひし麻布に。かゝり留まり給ひしより。布に留まる故をもて。布留の神・と〈とは〉申すなり。かゝる霊地にいそのかみ。布留の瀧つ瀬いさぎよき。水滔々として浪。悠々たりとかや。洗へば布は白妙の。浪も濁さじ煩悩の。垢をもすゝ・ぎて〈ぐや。〉神の・御そきぬになさうよ〈御いはれなるらん〉。

詞法師「有難くも委しく承りて候ふものかな。さて/\この神剣は。稀にも人間は拝み申すまじきにて候ふやらん。

女「いや/\思も寄らずさりながら。微妙発心の法力には。ひかれて示現し給ふ事あり。そのかみ熱田の宝剣は。道行法師が法味にひかれて。筑紫まで出現ありしぞかし。

法師「それは異国の行人なれば。さしも法力も高かるべし。

女「あら愚や法力には。和国異朝の隔あらんや。それ一如法界の内には。神もなく仏もなし。暫く済度の方便を設けて和光。

下まい同音「同塵の結縁たり。神と云ひ仏と云ふも。水波にひたしつるけんふに。留りしうたかたの。あはれみ衆生を度・せんと〈すべきなり〉。夢中なりとも御剣を。拝まん事は信不信の。心によるべのみづがきを。越ゆると見えて失せにけりみづ垣を越ゆると見えて失せにけり。

をかし「不思議の御事にて候。昔もけぢよのこの川にて。布を洗ひたりしに。御剣の流れ留まり給ひたりし。その因縁によりて。布留とは申して候ふが。いかさま貴き聖にて御渡り候ふ程に。かゝる御告も渡らせ給ひ候ふか。今夜は神前に御籠り候ふて。御勤も候はゞ。また不思議の御告もや候ふべきと存じ候。シカ/\「。

法師詞「有難や・和光同塵の始〈げにや末世と申しながら〉八相成道は利物の終とかや。あらたに奇特を拝む事よ。このまゝ社頭に一七日。籠りて念誦を致さんとて。

舞「御手洗や。心も澄める夜毎に。/\。月もろともに明らけき。みひの光も照り添ふや。和光の御かげなるらんや。/\。

〈女体の神体剣にきぬを四尺ばかり付けて持ちて出づべし。布に留る姿なるべし。頭はわかふりなんどの体なべし。太鼓を三つかえ打ち立つべし。〉

神さし声「千早振神の御剣曇なく。なほいちはやき一たうのかいばの現相。行徳の法味にやうかんたれ

りとかや。あら貴の妙音やな。

一声「代々をのみ布留の神垣名も高き。

法師「空もみどりか杉立てる。

神「石上の神山。ふるの中道。

同音「今に絶えぬ誓の末。あらあらたの出現やな。

法師「有難や。夜も深更の鐘の声。心を澄ます折節に。ありつる女人と見えながら。金色妙なる御衣の袂に。光輝く御剣を。捧げ給ふぞ有難や。

神「いかなれば尾州熱田の宝剣は。道行が法味にひかれしなり。これも汝が法味故。夢中に現れ

給ふなり。

法師「げに夢中とは云ひながら。さながら現の境界かと。ゆふはな添へて白幣。

神「かゝるやむ杉の青幣。法師「雪の榊葉。庭火のかげ。

同音舞「面白や白妙の。/\。日の光や剣のみかげ。何れも/\さえ氷りて。げにも天照らす神の剣も今に。曇なき霊験かな。

はや節、神「思ひ出でたり神代のふる事。/\。聞けばその夜も久方の。簸の川上の八色の雲の。稲田姫の玉のかんざし。ゆづの爪櫛光もさすや。面影映る酒水の船に。件の大蛇蟠れるを。尊十握の剣を抜きて。ずだ/\に斬り給へば。生贄も絶え果てゝ。天長く地久しくて。国土豊に安全なるも。唯この利剣の恩徳なり。あら有難やと戴きまつる。光も輝くや。影より白みて烏羽玉の。夜はほの%\とあけの玉垣夜はほの%\とあけの玉の戸。押し開きて。御殿の内に。剣はをさまり給ひけり。/\。

 

** JALLC TANOMOSHI project No.1 ** ** 謡曲三百五十番集入力 **より
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2019.7.18 UP



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