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大石が太る乳大師

那須晴次『伝説の熊野』

豊原

 日置川の奥、 西牟婁郡豊原村西大谷の大師谷と  称する谷の岩窟に大師堂がある。里人は昔から「乳大師」とあがめ称して信仰しているが、この大師の霊験は顕著であるというので、つたえ聞いた信仰者が各地にわたり、田辺町及付近在からの参詣者多く、遠くは北海道辺にも霊験に感じて信仰して居る向きがあるという。

 乳大師は、乳の無い婦人に乳をさずけてくれるという。そのありがたき、無辺絶大の慈愛が形にあらわされているのは、大師堂の岩山の根にある乳岩である。この乳岩なるものが霊験不可思議の示現であるといわれている。

 不思議の乳岩――それは岩根の箇所に乳のように突起しているもので、絶えず乳汁のような白色の水が滴たっている。乳のない婦人はこの白い水をいただいて呑むと乳が出る。その白水が乾けば粉末ができる。遠地のものはその粉末を服むとよろしいというのである。この乳岩が不思議だとされるのは、土地の老人の談によると、ちち岩は明治十四五年頃には突起部は一升瓶位の大きさのものであった。それがいつの間にやらだんだんと大きくなって、今では幅一尺位、丈けは二尺五寸位となっている。岩が自然にこんなに大きくなる。これは信仰者の多くなるにつれ、お大師さんがその慈愛の無辺であることを示現して下さる生きた証拠だと崇拝せられている。

 ちち大師の起源は――今から二百年以上も昔のことだという。この大師谷の岩窟に足をとどめたが老遍路夫婦が、大師堂建立を発願して毎日昼はひねもす読経にすごし、夜間は夫婦づれで下手の日置川磧に下りて碁石大の小さい石を拾い集めてその石面に一々経文を記したのが山と積まれた。この小石は大師堂の礎に埋められた。

 やがて老遍路夫婦の一念が達して大師堂ができ、村人の信仰が深くなって行った。それにしてもちち汁の出る岩が霊験の示現となりちち大師として益々あがめられるようになったのはいつの頃の事か。

 岩が自然に太る。これはちち色をした白い水がちち岩に注がれる、その水は岩の細粉を含んでいるので突起部に集まって突起部がだんだん太る。それからその白い水となる岩山の細粉には何か婦人にちちの出やすくなる精分、たとへばカルシュームなどといった精分が多分に含まれているのだろうと、近ごろ、学問的に説明する人もある。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

2019.8.5 UP



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