鎮火の樹
那須晴次『伝説の熊野』
田辺湊の氏神蟻通神社の境内に大きな樟の木がある。枝は四方に伸び拡がって殆ど境內を蓋うとしている。この木はよほど古いもので中は洞空になっている。伝うるところによればこの木には雌雄の白蛇がいてよく宮の危難を救うと言う。今からおよそ百二十年前、田辺町の大火の際、火の手は煽りに煽って遂に延焼し神社の付近まで猛火の中に包まれたが、人々は施す術なく、ただ茫然として腕をこまねくのみであった。今にも社殿が火に包まれようとした時にあの大木から白蛇があらわれて口か ら水を迸り噴き瞬く間に火を消し止めて危難を救うたと言う。その後安政の大地震に際して再び田辺町が火焔に舐め尽くされた時にも、同じ様に噴水したので今なお鎮火の守神として名高い。樹齢はおよそ一千年幹の囲り三丈、梢は天空を払って十二間の高さに達している。
一説に樟の木それ自身が水を噴いたともいい伝えられている。
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2019.9.5 UP