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天狗徳物語

那須晴次『伝説の熊野』

日置

 日置川を船で下った人々は口ヶ谷(くちがたに)のせせらぐ浅瀬を下るとき仰いで山の中腹の苔むした岩根に黒ずんだ松樹の孤立する天狗山を見た事であろう。ここにも一つの奇しき物語がつたえられている。もしあなた方が所望なさるならば舟子は片手に櫓をあやつりながらこんな話をあなた方にして下さ るに違いない。

    日が暮れる松明もてこい田の主よ

 今から丁度三十年程前のことである。いつ晴れるとも分らない五月空からさみだれが降りしきって卯の花が黄昏のほの明りの中になつかしく香る夕暮のことである。田植を終えて泥にまみれた足を洗いに川辺に行った徳(とく)さんが帰って来ない。夕餉をすましても帰ってこない。家人の驚きはもとより十戸計りの区民の騒動は一方ではなかった。

  「流れたのじゃなかろうか、可愛想にこの増水ではとても助りっこはないだろう」
 人々はこんな事を言いながら晴れやらぬ五月闇の中を空をもこがさんばかりの松明の光りをあち らこちらに輝かしながらどこへ行ったとも知れぬ徳さんの行方をさがし歩いた。

 夜の更くると共にその騒ぎは一層はげしくなって行った。生れて漸く五つになるかならぬかの男の子を抱いて徳さんの女房は泣きはらした眼をしばたかせながら騒ぐ人々について走った。川向いの舟木の人々も焚火の光に変事をさとり五月雨を集めて滔々轟々といきまく川を腕そろいの若者どもの必死の捜査も甲斐なければ、未明下流に死体をもとめようと死者のために篝火などして夜伽をするのであった。

 この徳さんは姓名を金子徳松と言って村内きっての実直家で脇目も振らず一心不乱に働く一方であった。妻との間には金八と云う男児をもうけて何不自由なく幸福に日を暮していた。とは云え不意の出来事に際会した女房は半狂乱になって緑なす黒髪を背にふり乱しつつ人の止めるのも聞かばこそ黒白もわからぬ五月闇の中を滔々と流る川面を眺めながら堤防を上に下にかけめぐりながら帰らぬ夫の名を悲しげに呼びつづけるのであった。河の音はさまで高からねど声は大空中に死して静寂たる中に杜鵑(ホトトギス)の声が一しきり隣れっぽく鳴き渡るのがきこえた。

 短い夏の夜のほのぼのと明けそめし頃篝火たく夜伽の人々の耳に「助けてくれ!」と呼ぶ声がかすかに青木(場所の名)から聞えた。

 すは事よとかけつけた人々は川岸に突出た大樹の梢の上に死んだと思った徳さんが首をつるされて低いうめき声をだしているのを見つけた。「それ徳さんだ!」と船を出して大樹の下に浮かべ徳さんの身を縄でつり下して家へつれ帰った。家人のよろこび区民の安心しばらく歓喜の声にみちみちた。村の一人が徳さんに「どうしてあんな木の梢にぶらさがっていたのだ?」と尋ねると徳さんは「何も知らない」と言うばかりだった。皆が眉をひそめると「川辺に行って足を洗うまで知っているが.........それから後は話せない」と狐にでもだまされた様なことを言うので村人は狐にだまされたんだろうと口に言いながら帰って行った。

 その日から徳さんは変になった。今まで一心不乱に働いていた徳さんが仕事をせずに夜は出て行き昼は寝る、山に行って衣を破り身体を傷つけて家人を驚かす事もしばしばであった。たまには日がとっぷり暮れても帰らないので口ヶ谷の人々は山また山を捜しめぐって漸く半死半生の身体を戸板に載せて帰って来た。「どうした」と糺すと「知らぬ」と答える。何だ馬鹿々々しいと村の人々は帰って行く。五日六日たつとまた見えなくなる。こんな風にして村をあげての騒ぎが折々繰返されるのであった。

 ある日徳さんがふとこんな話をした「私が大水に誤って川に落ち流れた際、ふと天狗様に救われたのが縁となって山に登って天狗様と共に話するのである」村の人達は驚いた。それからは山に稼ぐ人も次第に少なくなって徳さんの行動に一層の注意をはらう樣になった。

 「それ天狗殿が中空にきたあの鈴の音をきけ」

 野良の仕事の中にふいにこんな事を注意するので村の人々は耳をそばだてる、果して遙かかなたの空にかすかに鈴の音が音清く響きわたるのであった。

 庄屋をつとめていた土豪奥野老人などは徳さんのこうした行為を発狂したためであろうと言い中空の鈴の音には信を措かなかったがある日雇った徳さんが午を過ぎた頃、不意に「空に鈴が鳴るので帰らして貰いたい」と言ったので耳をそばだてて聞いていると果して高らかなる鈴の音をきいたので、さすがの奥野老人もここにはじめて天狗の存在の真なるを認めたとの事である。

 徳さんがいつも登ったと言う山はこの名高い天狗山である。頂の松の下にはいつの間にか一坪程の石室を作ってその周囲を清め二三年間ここに起臥してたまに天狗さんのお供をするのだと言って大塔や法師の森にあるは富士の山に十日も二十日も所在をくらますに至った。こうして日一日と奇異なる行為が多くなったので誰言うともなく天狗徳と言うあだなをされる様になった。年毎に霜月の六日の夜は七五三縄をこしらへ天狗山に登り渓をへだてて岩上の一本松との間に七八十間もはり渡したとの事である。

 ある年の暮の事絶えて久しく聞えなかった鈴の音が夜な夜な徳さんの家の上で鳴りはためいて村人の慄れ戦く事が一方ならぬので時の駐在巡査山本某「文明の今日かかる事はあり得べからざる事である、取り□いでくれよう」と村吏と共に薄暮から徳さんの所に出張した。炉辺の世間話に打興じていると今までだまって話をきいていた徳さんが急に無言のままスックと立ってその場をけたてて素足のまま戸外に走り出て行ったがこうした仕振りは常の事なので家内は言うに及ばず役人達も見かえったばかりで別に気にも止めずにいた。

 夜は次第に更けて戸の隙間をもるる寒風しのぎ難く心待ちの鈴の音さえ聞えず徳さんの姿さえ見えず早や十二時すぎを示したので流石の警官は「日頃の鑑識に違わず徳松不正の点あるより今宵の詰場逃れる事の出来ないのを見きわめ姿を暗ましたに相違なし」と何事かを小声に役人達にささやき突と立上って土間に下り役場員二三の村人を共に随って近所の家に徳さんを索したしたが見当たらないので巡査山本某はいよいよ叶わぬ場合逃走したに相違なしと夜中青年の非常召集をして雪のふりしきる中を川端といわず田の畔から堤といわず夜あけ頃まで行方を捜したが見えない。夜明になると捜索隊天狗の住家と言われる末跋の天狗山に大勢をたのみ恐る恐る歯朶草叢の生ひ茂る中をあるは縦にあるは横に徳さんの名を連呼して探した。遂に背後の淡雪のまだらに降りつんだ歯朶の中に両手を堅く合わせて瞑目して化石の様になった徳さんを見出した。氷の様にひえきった身体を焚火して温めたが両手の肉は全く密着してはなれない。

 警官や吏員は「何故に山中に隠れたのであるか」と徳さんに尋ねると徳さんキットこの人達を見上げ「昨夜戸外に天狗殿が来て自分を呼び出し御上より注目される不都合な振舞をした憎き奴故以後の戒めにと襟首をつかんで後の山に投げこまれ今夜汝の宅に行き掌をはずしてつかわすそれまで 留守事は罷りならぬと堅く肉付にされたのであります」と申し立てた。

 が警官は「なおこの機に及んで奇異の言を弄し人を惑わすしれ者」と叱するに徳さんかたく合はせた手をわななかせながら「俗人共の知らない所今宵天狗お越しとの事鈴の音杖の音聞かして進んぜよう」村の重だった人は何事か喋し合して帰った。役人や警官は約束の鈴の音を聞かんと夕方から詰めかけ静かな夜を框に腰打かけた。昨夜とは打って変わり夜はいたく更けて十二時を過ぎた頃どこからともなく乾燥しきった冬空に高く低く鈴の音がつづいて響いたので一同はただ目と目を合わせて不思議の事実に失神せんばかりであった。

 彼等は居たまらず框から上にあがると今朝より掌を合し端坐瞑目せし徳さんは何時の間にか両手をはずして膝の上に置くと思う間もあらず一陣の風サツと家を動かし燈を消す。驚き点火するに徳さんの姿は見えず魂消る警官吏員達は逃げる様に夜の道を急いで帰っていった。

 ある年の夏稲葉に害虫がひどくついて駆除に困った際、徳さんは天狗の水を一般に配ったと言う。この霊水は無尽で一度つきても天狗より賜はる鉄扇もて石壺にふるればよどみなく湧き出したと言う事である。大塔の山、法師の森へ日を費さずして往来し二三日中に富士へ登山し、濁流渦巻く日置川を足先をぬらすばかりで渉り天狗のふりならす鈴の音を人に聞かせる等奇異の行の多かつた徳 さんは多くの疑問を残して十八九年前に八十余歳の高齢を以って去った。

 今なお徳爺さんの旧宅の表庭には天狗の足跡保護の小祠があって天狗山の石祠と共に村民に大切に保護され霜月七日には盛大な祭典を行い投餅等の催しがある。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

2019.7.25 UP



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