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天狗退治

那須晴次『伝説の熊野』

周参見

 村の西に天神山という小高い山がある。磴を得て登る事数町余右側に丁度庭木の如く枝の出ている古木をみるだろう。それと同時にその下に「奉修太乗妙典石経」と刻んだ石碑をみるだろう。それには次のような伝説があるのだ。

 昔それはいつだったか知らない。夜な夜なその山の麓に天狗が現われて色々な悪戯をするのでした。あるいは屋根に石を投げたりあるいは夜更けて戸を打ったり、ひどいのになると人をさらったりするのだった。村人も何んとかしたいと思ったがは天狗だ、うっかり無茶をすると飛んだ事になると誰も手を出さなかった。

 一年二年と早や過ぎた天狗の悪戯は益々つのるばかりだった。村人も最後の手段を講ぜざるを得なかった。最後の手段それは当時村人の崇拝の的となっていた高僧がある山に庵を結んでいた。人の心の奥までも見抜くばかりの目ざし。児女も親しみよるその童顔、それにまた学識の高い大徳であった。彼の唱える念仏には如何なる悪鬼も降服するという不可思議な功徳がこもっていた。村人の願っていたのはその念仏の力だった。

 やがて村人の総代は庵を訪れた。秋漸く深くして俺の傍の紅葉がはらはら散る頃だった、総代は静かに見交しつつ門をくぐった。今まで高く聞えていた読経の声がやがてぴたと止んだ......

 暫くして出て来た村人の面には喜の色が現われていた。後七日の日はいつの間にか過ぎ八日目の朝千草に虫のすだく頃再び村人の総代は庵の表に現われた。彼等が庵を辞した時、彼等の手には巻物があった。ああ、この巻物こそ高僧の心血を注ぎ七日七夜身は済戒沐浴して作り得た悪鬼降伏の巻物であった。やがてそれを埋めるべき日が来た、あの石碑こそその巻物を埋めた所だ、赤い夕日の照る村中どことなしに喜ばしい平和の気分はみなぎっていた。立ちのぼる煙までもゆるくゆるく天狗の出なくなった事は云うまでもない。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

2019.7.25 UP



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