根笹の桜
那須晴次『伝説の熊野』
中芳養から南部に越える山路に桜花を以て名高き根笹と云う勝地があります。ここには唯一本の桜樹があって満開の候には村民が唯一の遊場として春の休日を利用して花見に来るのであります。昔といっても文久年間のことです。桜木の傍に常七と呼ぶ一軒の茶屋がありました。
ある秋の日でした一旅僧が通りかかり茶屋に休息して折柄秋の紅葉の谷間さらさらと流るる水音を聞きながら何時ともなく眠って仕舞った。やがて目覚めてかの旅僧はその場を出立しました。さて数時間の後かの僧再び帰り来り日頃手に持って居た杖を立てて主人にこの杖を抜取ることは堅くなりませぬと云って前の路より下った。主人が僧の言葉を夢にも忘れずにいました。すると翌年その杖より若葉が出て年々太くなり今日の如き大桜樹となって花の頃は霞か雲かと疑わるるばかりの有名な根笹の桜となったのです。
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2019.7.14 UP