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蛇原

那須晴次『伝説の熊野』

日置

 時は五月初旬、端午の節句の頃でごさいました。諸国行脚の弘法大師は疲れ切った足でしかもお腹が滅ってようよう日置へとたどりつかれました。その頃といったら今の町なんかは小屋一軒もない荒野であったのだそうです。

 大師は大へんお困りになりました。そしてしばらく立ち止まられて四方をおながめになりました。するとはるか向うの方に家らしいものが見えました。空腹も忘れられてお急ぎになりました。だんだん近づくにしたがって民家だという事をお確めになりました。その時の大師のお喜びはありませ んでした。

 そして何か施してもらおうと思いましてその家におはいりになりました。家には若い夫婦が二人きりでした。八つ時なので八つ茶をたべていました。節句のちまきも焼いていました。二人は誰かの訪問にびっくりしました。やがてみすぼらしいお遍路さんと知ったのです。

 すぐ御飯も何もかも隠してしまいました。多分物を乞うのだろうと覚ったからでしょう。しかし焼いていたちまきの事はすっかりと忘れていました。大師が物を乞うた時に夫婦は口を揃えて何もあ りませんとさも当惑そうに冷笑しながら言いました。三人はしばらく無言のままいましたが急に大師は「あの餅を」といいかけますと夫婦ははっとしましたが□ていい考が浮んで来たのでした。「あの餅は中に蛇があるのです。」と子供だましの様な事をいいました。大師はなにも申しませんで した。

 「有難うさようなら。」と暇乞をして別れました。

 二人はほっと胸を撫で下しました。そしてちまきを食おうとして二つに割りました。「ワッ」と二人は殆んど同時に驚きました。無理もありません。蛇が飛び出しました。不思議に思ってためしに戸棚から皆んなちまきを出して来て一つ一つわって見ましたが、どれを割っても蛇が出て来ました。 そして見る間にその辺に蛇が一ばいになりました。二人は今さら偽をいった事を後悔しました。それからこの地を蛇原といい出したのだそうです。今でもこの地にちまきは拵えぬそうです。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

弘法大師伝説 in 熊野:熊野の説話

2019.7.26 UP



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