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橋杭岩の伝説

那須晴次『伝説の熊野』

串本

橋杭岩

 本州の最南端串本町の東北に橋杭の立岩という一群の島がある。日本海流の黒潮は滔々と絶えず巌頭を噛んでいる。

 鯨潮ふく熊野灘に突兀として大小数十個の岩石が一直線にのびている橋杭岩。その岩質は石英粗面岩である。春は棚引く霞に遠近の群島夢の如く浮び秋は照り映ゆる紅葉に錦の島を数うるがようだ。島の蔭には鷺鴎が閑眠を貪り舟子が網を挙げて細鱗を捕っている。雅なこと奇なこと誠に一幅の名画である。

 今は昔この串本に與兵衛という一人の猟師があった。彼は幸運な日をすごしていた。然し南国の秋には毎年海が荒れた。逆まく波は十数日間島と大陸との交通を断ったのである。與兵衛はただそれが心配だった。彼は一年中島を大陸からはなさせまいと決心した。そして遂に神の御前に跪いたその誠心は神に通じた。神は與兵衛の志を憐まれて、ある夜與兵衛の枕元に現われた。「與兵衛、今夜鷄の鳴くまでに橋杭をつくれ。橋は立派に俺が架けてやる。」神はこうお告げになった。

 與兵衛は雀躍して喜んだ。彼は神を伏し拝みつつ身支度甲斐甲斐しく山から石を運んだ。重い重い石も與兵衛の真心の前にはなんでもなかったのである。彼の仕事は着々とはかどった。石は一本一本海岸から立ち並んだ。そして橋杭は殆ど半ば出来上がった。

 驚いたのは海神である。彼は與兵衛を呼びとめてその訳を聞いた。正直與兵衛はありのまま鷄の鳴くまで橋杭を造らねばならぬ事を告げ、そしておのが仕事を観て美しく並んだ杭に見入った後の両頬には得意の微笑が浮かんでいた。

 突然黎明を告ぐる鶏の声が響いた。與兵衛は驚いて自分の耳を疑った。コケコッコーという声は確かに與兵衛の耳に入った。彼は狂気して持って居た石を捨てて海に身を投じてしまった。鶏の鳴声は海神の真似であった。

 橋杭は遂に完成しなかった。そしてそのまま中絶した。然し神は非常に與兵衛をあわれんだ。そうして村雨が腫れて日光が雲間よりもれ出てくる時はいつも與兵衛を慰めた。「與兵衛心配するな橋は立派に出来たぞ」と。神がそういわれる時には常に大島の礒から串本の山へと七色の虹の橋が美しく架けられていた。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

橋杭岩:熊野の観光名所

䰗野川村:紀伊続風土記(現代語訳)

2019.7.14 UP



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