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船幽霊

那須晴次『伝説の熊野』

田辺

 頃は文久元年のことで所は田辺城であります。

 夏も過ぎ初秋のある夜、半三と云える片町の漁師が現今も残っている水門よりふと海上に大魚の跳ねる有様を見て長井岩男なる藩士の居宅へ報告に参りましたので、彼は二人の友と共に夜網みをすることにしました。やがて船の用意は出来て半三共四人で水門を出ました。その夜は妙に波静かでかの大魚は一向見当たりませんがいつになく他の魚が多くありました。が網をうてどもうてども一匹の魚さえ取れません。彼等四人はなおも船を右よ左よとあやつりながら捕魚に余念がありませんでした。しかし波は静かでありますが、あたりはいやに赤いような又オレンジのような海の色に見えて一、二間のさきは、ぼんやりとして見えませんでした。

 ちょうど今の波止場の所へかかるとき突然微かに彼方に男とも女とも知ることができない髪をばらりと切りはなった二名のものが此方の船へと来るように見えました。これを見ました四人はそら出た例のやつだと刀をぬくやら船板で水を掻くやらしてやっと水門まで漕ぎ着けましたけれども気が変になって人を見れば切るようになったそうで、しばらくしてやっと正気に返りました。そのときはさすがの猛き武士も青くなったそうです。これが世にいう船幽霊というのだと大評判になりました。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

2023.7.20 UP



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