開かずの倉
那須晴次『伝説の熊野』
幽霊松はもと有名松といったそうですが幹や枝が幽霊の手の様に垂れて居るので何時か有名松の名は幽霊松と変じて呼ばれるようになりました。私等の幼い時、家の軒も三寸下ると言う夜半の二時三時頃にはこの松に幽霊か、または人玉でも出るのだと言われて小さい胸を臆病にしましたが今は何事もありません。形態学上の美松として県の天然記念物に指定されて居ます。
その松の側に古い土倉があります。壁の崩れるにまかせ、葛の這うがままにまかせて幾十年か前からそのままに放られて居ます。この土倉は昔、平氏の落武者が十幾人か隠れましけれども遂に追手の為めに発見されて倉の中で悉く切腹しました。だからそのたよりで開けたら災がするとも伝えられて居ます。また昔、元の可児邸の所で一人の虚無僧が尺八を流して行くのを呼び込まれまして令嬢の琴に合奏させられましたが、令嬢に懸想して不埒に及ぼうとしましたので、手打ちにされて 倉の所で倒れました。それでそのたたりで倉を開けぬとも伝えられて居ります。それ以来この奇怪な倉を使用すれば崇りがあるというので誰も手を着けるものはありませんでした。つい近頃までこの謎の土倉が残っていましたが今は取りはらわれてあとかたもありません。
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2019.7.17 UP