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道成寺

『謡曲三百五十番』No.149

※帝の命により熊野に千疋の絹が奉納されることになって諸国から絹が集められたが、期限を過ぎても都からの絹が届かなかった。作者不詳。


季節:九月
ワキ:道成寺の住僧
ワキツレ二人:従僧
狂言二人:能力
シテ:白拍子
後シテ:蛇体

<日本名著全集『謠曲三百五十番集』>

 

ワキ詞「これは紀州道成寺の住僧にて候。さても当寺に於てさる子細有つて。久しく撞鐘退転仕りて候ふを。この程再興し鐘を鋳させて候。今日吉日にて候ふ程に。鐘の供養をいたさばやと存じ候。いかに能力。はや鐘をば鐘楼へ上げてあるか。

狂言「さん候はや鐘楼へ上げて候ふ御覧候へ。

ワキ「今日鐘の供養を致さうずるにて有るぞ。又さる子細ある間。女人禁制にて有るぞ。かまへて一人も入れ候ふな。其分心得候へ。

狂言「畏つて候。

シテ次第「作りし積みも消えぬべし。/\。鐘の供養に参らん。

サシ「これは此国のかたはらに住む白拍子にて候。

詞「さても道成寺と申す御寺に。鐘の供養の御入り候ふ由申し候ふ程に。唯今参らばやと思ひ候。

道行「月は程なく入りしほの。/\。煙みちくる小松原。急ぐ心かまだ暮れぬ。日高の寺に着きにけり/\。

詞「急ぎ候ふ程に。日高の寺に着きて候。やがて供養を拝まうずるにて候。いかに申し候。

狂言「誰にて渡り候ふぞ。

シテ「これは此国の辺に住む女にて候ふが。鐘の供養の由承り候ふ程にこれ迄参りて候。そと拝ませて給はり候へ。

狂言「シカ%\。

シテ「い。やこれは此国の傍に住む白拍子にて候。鐘の容疑にそと舞をまひ候ふべし。供養を拝ませて給はり候へ。

狂言「シカ%\。

シテ「あら嬉しや涯分舞をまひ候ふべし。

物着「嬉しやさらば舞はんとて。あれにまします宮人の。烏帽子を暫し仮に着て。既に拍子を進めけり。

次第「花の外には松ばかり。/\暮れそめて鐘や響くらん。

乱拍子「。

ワカ「道成の卿。承り。始めて伽藍。橘の。道成興行の寺なればとて。道成寺とは。名づけたりや。

地「山寺のや。

急ノ舞「。

シテ「春の夕ぐれ。来てみれば。

地「入相の鐘に花ぞ散りける。花ぞちりける花ぞ散りける。

シテ「さるほどに/\。寺々の鐘。

地「月落ち鳥鳴いて霜雪天に。満汐ほどなく日高の寺の。江村の漁火。愁に対して人人眠ればよき隙ぞと。立舞ふ様に狙ひよりて。撞かんとせしが。思へば此鐘恨めしやとて。龍頭に手をかけ飛ぶとぞみえし。ひきかづきてぞ失せにける。

狂言「シカ%\。

ワキ詞「言語道断。か様の儀を存じてこそ。固く女人禁制の由申して候ふに。曲事にてあるぞ。なう/\皆々かう渡り候へ。此。鐘に付いて女人禁制と申しつる謂の候ふを御存じ候ふか。

ワキツレ「いや何とも存ぜず候。

ワキ「さらば其謂を語つて聞かせ申し候ふべし。

ワキツレ「懇に御物語り候へ。

ワキ語「むかし此処に。まなごの庄司と云ふ者あり。彼の者一人の息女を持つ。又。其頃奥より熊野へ年詣する山伏のありしが。庄司が許を宿坊と定め。いつも彼の処に来りぬ。庄司娘を寵愛の余りに。あ。の客僧こそ汝がつまよ夫よなんどと戯れしを。をさな心。に誠と思ひ年月を送る。又ある。時かの客僧庄司。がもとに来りしに。彼の女夜更け人静まつて後。客僧の閨に行き。。いつまでわらは。おばかくて置き給ふぞ。急ぎむかへ給へと申しゝかば。客僧大きにさわぎ。さあらぬ由にもてなし。夜にまぎれ忍び出で此寺に来り。ひらに頼むよし申しゝかば。隠すべき所なければ。撞鐘をおろし其内に此客僧を隠しおく。さて彼の女は山伏を。遁すまじとて追つかくる。。をりふし日高川の水以ての外に増りしかば。川の上しもをかなたこなたへ走りまはりしが。一念の毒蛇となつて。川を易易と泳ぎ越し此寺に来り。こゝかしこを尋ねしが。鐘のおりたるを怪しめ。龍頭をくはへ七まとひ纏ひ。焔をいだし尾を以て叩けば。鐘はすなはち湯となつて終に山伏を取りをはんぬ。なんぼう恐ろしき物語にて候ふぞ。

ワキツレ「言語道断。かゝる恐ろしき御物語こそ候はね。

ワキ「その時の女の執心残つて。また此鐘に障碍をなすと存じ候。我人の行功も。かやうのためにてこそ候へ。涯分祈つて此鐘を二度鐘楼へ上げうずるにて候。

ワキツレ「尤もしかるべう候。

ワキノツト「水かへつて日高川原の。真砂の数は尽くるとも。行者の法力尽くべきかと。

ワキツレ「みな一同に声をあげ。

ワキ「東方に降三世明王。

ワキツレ「南方に軍荼利夜叉明王。

ワキ「西方に大威徳明王。

ワキツレ「北方に金剛夜叉明王。

ワキ「中央に大日大聖不動。

ワキ、ワキツレ二人「動くか動かぬか索の。曩謨三曼陀〓曰羅赦。旋多摩訶〓遮那。娑婆多耶吽多羅〓干〓。聴我説者得大智慧。知我身者即身成仏と。今の蛇身を祈るうへは。

ワキ「何の恨か有明の。撞鐘こそ。

地「すはすは動くぞ祈れたゞ。/\。引けや手ん手に千手の陀羅尼。不動の慈救の偈。明王の火焔の。黒烟を立てゝぞ祈りける。祈り祈られつかねど此鐘ひゞきいで。引かねど此鐘躍るとぞ見えし。程なく鐘楼に引きあげたり。あれ見よ蛇体は。現れたり。

イノリ「。

キリ地「謹請東方青龍清浄。謹請。西方白体白龍謹請中央黄体黄龍一大三千大千世界の恒沙の龍王哀愍納受。哀愍。じきんのみぎんなればいづくに大蛇のあるべきぞと。祈り祈られかつぱと転ぶが。又起き上つて忽ちに。鐘に向つてつく息は。猛火となつてその身をやく。日高の川浪深淵に飛んでぞ入りにける。望足り。ぬと験者達はわが本坊にぞ帰りける我が本坊にぞ帰りける

底本:日本名著全集『謠曲三百五十番集』

** JALLC TANOMOSHI project No.1 ** ** 謡曲三百五十番集入力 **より
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