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誓願寺

『謡曲三百五十番』No.082

念仏札

※熊野で霊夢を受けた一遍上人は都に上り、誓願寺で「南無阿弥陀仏決定往生六十万人」の札を配る。世阿弥作。


季節:三月
ワキ:一遍上人
ワキツレ二人:従僧
シテ:里の女
後シテ:和泉式部の霊

 

ワキ、ワキツレ二人、次第「教の道も一声の。/\。御法を四方に弘めん。

ワキ詞「これは念仏の行者一遍と申す聖にて候。我此度三熊野に参り。一七日参籠申し。証誠殿に通夜申して候へば。あらたに霊夢を蒙りて候。六十万人決定往生の御札を。普く国土に弘めよとの霊夢にまかせ。まづ都へと志して候。

道行三人「弥陀頼む。願も三つの御山を。/\。今日立ち出づる旅衣紀の関守が手束弓。出で入る日数重なりて。時もこそあれ春の頃。花の都に着きにけり/\。

ワキ詞「急ぎ候ふ程に。これは早都誓願寺に着きて候。告にまかせて札を弘めばやと思ひ候。有難や実に仏法の力とて。貴賎群集の色々に。袖を連ね踵をついで。知るも知らぬもおしなべて。念仏三昧の道場に。出で入る人の有難さよ。

シテサシ「処は名におふ洛陽の。花の衣の今更に。心は空にすみぞめの。

ワキ「夕の鐘の声々に。称名の御法。

シテ「鳧鐘の響。

ワキ「聴衆の人音。

シテ「軒の松風。

ワキ「おのれ/\と。

シテ「かはれども。

地歌「弥陀頼む。心は誰も一声の。/\。うちに生るゝ蓮葉の。濁にしまぬ心もて何疑の有るべき。有難や此教洩らさぬ誓目のあたり。受け悦ぶや上人の御札をいざや保たん御札をいざやたもたん。

シテ詞「如何に上人に申すべき事の候。

ワキ詞「何事にて候ふぞ。

シテ「この御札を見奉れば。六十万人決定往生とあり。扨々六十万人より外は往生に漏れ候ふべ

きやらん。返す%\も不審にこそ候へ。

ワキ「実によく御不審候ふものかな。これは三熊野の御夢想に四句の文有り。其四句の文の上の字を取りて。証文のために書きつけたり。たゞ決定往生南無阿弥陀仏と。此文ばかり御頼み候へ。

シテ「さて/\四句の文とやらんは。如何なる事にて有るやらん。愚痴の我等に示し給へ。

ワキ詞「いで/\語つて聞かせ申さん。六字名号一遍法。十界依正一遍体。万行離念一遍証。人中上々妙好華。此四句の文の上の字なれば。六十万人とは書きたるなり。

シテ詞「今こそ不審春の夜の。闇をも照らす弥陀の教。

ワキ「光明遍照十方世界に。漏るゝ方なき御法なるを。僅かに六十万人と。人数をいかで定むべき。

シテ「さてはうれしや心得たり。此御札の六十万人。その人数をばうち捨てゝ。

ワキ「決定往生南無阿弥陀仏と。

シテ「唯一筋に念ずならば。

ワキ「それこそ即ち決定する。

シテワキ二人「往生なれや何事も。皆うち捨てゝ南無阿弥陀仏と。

地歌「称ふれば。仏も我もなかりけり。/\。南無阿弥陀仏の声ばかり。至誠心深心廻向。発願の鉦の声耳に染みて有難や。誠に妙なる此教。十声一声数分かで。悟をも迷をも迎へ給ふぞ有難き。さる程に。夕陽雲にうつろひて。西にかげろふ夕月の寄るの念仏を急がん夜念仏をいざや急がん。

口ンギ地「早更け行くや夜念仏の。聴衆の眠覚まさんと。鉦うち鳴らし念仏す。

シテ「有難や五障の雲のかゝる身を。助け給はゞ此世より。二世安楽の国に早生れ行かんぞ嬉しき。地「実に安楽の国なれや。安く生るゝ蓮葉の台の縁ぞ誠なる。

シテ「有難や。/\。さぞな始めて弥陀の国。涼しき道ぞ頼もしき。

地「頼ぞまこと此教。或は利益無量罪。

シテ「又は余経の後の世も。

地「弥陀一教と。

シテ「聞くものを。

地「有難や/\。八万緒聖教。皆是阿弥陀仏なるべし。この御本尊も上人も唯同じ御誓願寺ぞと。仏と上人を一体に拝み申すなり。

シテ詞「いかに申すべき事の候。

ワキ「何事にて候ふぞ。

シテ「誓願寺と打ちたる額を除け。上人の御手跡にて。六字の名号になして賜はり候へ。

ワキ「これは不思議なる事を承り候ふものかな。昔より誓願寺と打ちたる額をのけ。六字の名号になすべき事。思ひもよらぬ事にて候。

シテ「いやこれも御本尊の御告と思し召せ。

ワキ「そも御本尊の御告とは。御身はいづくに住む人ぞ。

シテ「わらはが住家はあの石塔にて候。

ワキ「不思議やなあの石塔は。和泉式部の御墓とこそ聞きつるに。御住家とは不審なり。

シテ詞「さのみな不審し給ひそよ。我も昔は此寺に。値遇の有れば澄む水の。春にも秋や通ふらし。

地「結ぶ泉の自が。名を流さんも恥かしや。よしそれとても上人よ。我が偽は亡き跡に。和泉式部は我ぞとて。石塔の石の火の。光と共に失せにけり/\。

中入間「。

ワキ詞「仏説に任せ誓願寺と打ちたる額を除け。六字の名号を書きつけて。仏前に移し奉れば。

三人待謡「不思議や異香薫じつつ。/\。花降り下り音楽の声する事のあらたさよ。これにつけても称名の。心一つを頼みつゝ。鉦打ち鳴らし同音に。

ワキ「南無阿弥陀仏弥陀如来。

後シテサシ、出端「あら有難の額の名号やな。末世の衆生済度のため。仏の御名を顕して。仏前に移す有難さよ。我も仮なる夢の世に。和泉式部といはれし身の。仏果を得るや極楽の歌舞の菩薩となりたるなり。二十五の。

地「菩薩聖衆の御法には。紫雲たなびく夕日影。

シテ「常の灯。影清く。

地「さながらこゝぞ極楽世界に。生れけるかと有難さよ。

地クリ「そも/\当寺誓願寺と申し奉るは。天智天皇の御願。御本尊は慈悲万行の大菩薩。春日の明神の御作とかや。

シテサシ「神と云ひ仏と云ひ。唯これ水波の隔なり。

地「然るに和光の影広く。一体分身現れて衆生済度の御本尊たり。

シテ「されば毎日一度は。

地「西方浄土に通ひ給ひて。来迎引摂の。誓を現しおはします。

クセ「笙歌。遥に聞ゆ。孤雲の上なれや。聖衆来迎す。落日の前とかや。昔在霊山の御名は法華一仏。今西方の弥陀如来。慈眼視衆生現れて。娑婆示現観世音。三世利益同一体有難や我等がための悲願なり。

シテ「若我成仏の。光を受くる世の人の。

地「我が力には行き難き。御法の御舟の水馴棹さゝでも渡る彼の岸に。至り至りて楽を極むる国の道なれや。十悪八邪の迷の雲も空晴れ。真如の月の西方も。こゝを去ること遠からず。唯心の浄土とは此誓願寺を拝むなり。

シテ「歌舞の菩薩も。さま%\の。

地「仏事をなせる。心かな。

序ノ舞「。

シテ「ひとりなほ。仏の御名を。尋ね見ん。

地「各帰る法の場人。法の場人法の場人の。

シテ「実にも妙なる称名の数々。

地「虚空に響くは。

シテ「音楽の声。

地「異香薫じて。

シテ「花降る雪の。

地「袖をかへすや返す%\も。貴き上人の。利益かなと。菩薩聖衆は。面々に。御堂に打てる。六字の額を。皆一同に。礼し給ふは。あらたなりける。奇瑞かな。

底本:日本名著全集『謠曲三百五十番集』

** JALLC TANOMOSHI project No.1 ** ** 謡曲三百五十番集入力 **より
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2018.5.15 UP

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