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御代の春

佐藤春夫

那智の滝

 御題を拝してそゞろに少年時の新年を憶ひおこし、懐かしさに堪へないものがある。しかし身は歌といふあのめでたい様式芸術を遂に学ぶことが出来なかつたからこれを歌ふすべを知らない。僅かに不文に託してこれを語り記してみたい。

 まだ小学生の頃のお正月、自分は父に誘はれて毎年家のうしろのお城山で初日の出を拝して山を下りると本町筋を一直線に速玉神社(熊野の権現さま)へ参詣するのが習慣になつてゐた。五時頃に起床して一時間半か二時間程の間に城山や権現さまを歩きまはつて家へ帰つてお雑煮を祝ふ。その一時間半か二時間程の早朝の散歩の新年といふ特別な子供ごころと結びついたぐあひがなつかしまれるのである。その特別な気持は着代へた晴着などからも来てゐたらしい。この日は黄八丈の下着(これはつい近年仕立かへて胴着になつたので縞までよく覚えてる)のついたよそ行きに、筒袖の紋附に袴を着けてゐた。町ではそのころ袴をつけた小学生が少かつたので、きまりの悪い気がしたが父は式の日に椅袴を着けることの当然を主張してやめさせなかつた。

 お城山は水野上佐守忠央侯の城跡で丹鶴城俗に沖見城ともいひ慣はした。熊野川の流に突き出した山の頂を削つて設けられてあつた。その山の南方の麓にあつた自分の家の裏木戸を開けるとすぐ山の登り口になつてゐた。この木戸のあたりで目を覚ましたばかりらしい雀の囀つてゐる時刻である。まだ日ののぼらない時刻の木の間の道はうす暗く話声があたりに響く。石垣で築き上げられた城の上はもう明るい。今に日が昇るのであらう。急いで一番高い台地に行く。こゝは熊野川の河口を真下に見おろし、河口の真向からアメリカの方の水平線を破つてぽつかりと大きく浮かぶ日の出が杉の尖つた梢越しに真正面に拝まれる場所である。この地方は冬季に快晴が多いから、初日の出は大方毎年拝まれたやうな気がする。さもなければ自分は御降りといふ言葉を早く父から教へられてゐたらうと思ふ。

 速玉神社はその頃まだ県社ではあつたが、いはゆる新宮の由緒の正しい古い大社で、それも木の国に鎮座ましますだけに平の重盛が植ゑたと伝はる大きな神樹の竹柏のやうなのは格別としても、神苑には樹木は四十年前、今日よりももつと数が多く茂つてゐたやうな気がする。子供心にさう感じたのかも知れない。蓊蓊たる老杉の梢に明けてゆく朝靄の間に鴉が思ひ出したやうにぼつぼつと飛び出して河原の方へ行くのが見られる。

  熊野の鳥は八咫烏の裔で権現さまのお使といふことになつて地方の民に尊敬されてゐるから、牛王の神符にも烏が群れてゐるのである。この神苑には表の社にもうらのお藪や山手を一面に巣にして安住してゐるものらしい。たそがれ時には町の八方から集合して権現さまの空を黒くする程のものが朝は八方へ分散する前に、とにかく、一度は下の川原へ先づ下りて行つて餌の有無をしらべて見るらしい。この烏については日露戦争当時その数が一時異常に少くなつたことがあつた(それは自分もその時見て知ってゐるが)この現象を町の人々は権現様の皇軍に従うて満洲へ行ったとうはさしてみたものであつた。

 

 烏の飛ぶのに誘はれて神苑を北の方へ行つて見ると、ここには一段と低くなったあたりに老木の樟が並木になつてゐる川に面した台地だから夕涼にはもつて来いの場所だがよく老障の洞のなかからぞろぞろ出て来た梟が枝に集まつて戯れてゐるのをよく見かけたが、朝は日当のいい場所だけに明るすぎるか見当らない。樟のたくましくくねつた枝越しに見る熊野川の広い川原はきのふまでは松飾の材料の市場になつてゐたのが今日は白くかたづいて寒々としたなかに黒い点になつた烏が塩のなかのごまのやうに散在して日向ぼこをしてゐるのかも知れない。見てゐるとみな思ひ思ひの事をしてゐる向うに、今昇つた太陽を流の胸に受けた水あさぎの川がかがやいてゐる。

 近所の井戸で若水を汲むらしく井戸車がきしむ。もう烏も見飽きたから神馬の小屋の方へ行つて見る。さつき真先にお詣の途中でも見たが、もう一度わざわざ見に行くのである。神馬は白駒である今日は厩にも輪飾がしてある。厩ばかりではない。その隣の手を浄める水盤の上に首を延し出して水を吐いてゐる竜の首にも輪飾が掛けてある。神前の鈴が鳴りひびいて、町民らのお参りに来る者もちらりほらりと見える。学校の友達のこの近所の子供たちは輪をまはしながら境内を走り廻つてゐる。夜は全く明け放たれたのである。それでも町にはまだ御慶の人も酔つばらひの影も見えない。鳥居から一直線にすぐ真向がわが家だけに人通りのなく両側に松のある町の印象があざやかにめづらしい。

 新年の朝は町だけではなくものみながめづらしくあざやかであるが、わけて神苑の朝はおもしろく雨に洗ひ出されて地面に現れ出た木の根のうねりまで目に新しいが何故か人よりも鳥や獣の方が気高く感ぜられるのが子供心にも不思議に感ぜられた。

 この感じの面白さなどによつて自分は六つか七つのころから十ぐらゐまでの間、毎年早起きをして初日の出を拝んだり、お参りをした。さうして途々『神代の事も思はるる』だの『聞かばや伊勢の初だより』だの『何事のおはしますかは知らねども』だの父が聯想に思ひ浮かべたままの句や歌などの話を聞きながら歩いた。後年父が喜ばなかつた自分の詩歌や文芸に対する愛好は、たぶんこんな話や、神苑の朝の気分などが積み重なつて出来たものかと思はれる。

 人間よりも鳥や獣の方が気高く思へるやうな実感は、あるひは都会の子供、いや一般の都会人には無いのではあるまいか。子供の時に経験しなければ得がたいものであり、又、実際、動物園より外で鳥や獣を見ないとすれば、そんな気持になれないのも無理はないかも知れない。その代り都会の子供は自動車や飛行機やいろいろの器械などを人間よりも気高くえらいものに感じるかも知れない。さうしてこれも一つの感じ方に相違あるまいが、これは人間自身がつくり出したものであるところが鳥や獣を敬愛するのと全く反対な意味になりさうである。自分は田舎育ちでわが田へ水を引きたいのか知らないが、やつばり鳥や獣を気高く感ずる時間を持つ方が人間教育には有効のやうな 気がする。

 自分は自分の生活を豊かにし、自分の子供をよく育てるために田舎へ行きたい希望を持つてみるがつひに不如意である。

 

 子供が異性の美を感じはじめる以前に他の自然一般の美しさを認めることを知つて置かないのは間違ひだと思ふ。尠くも生涯芸術家として否、真の人間として不具に終る程の不幸であらう。都会育ちにはまた都会育ちの利益もあらうかと無理に思ひかへして見るが、やつばり損の方が大きいのではあるまいか。西洋風の生活あるひは近代生活一般の欠陥ともいへるかも知れない。せめては子供を夏の間だけでも田舎で暮させたい。別荘のある身分ではないが、田舎生れの仕合せには故郷には海も山もある。それに自然と接触するにはその活動力の旺んな夏が一番いゝ時に相違ない。しかし人間が自己の微小を感じ自然の崇高を愛ぶためには日の出を見たり神苑の朝、それも元日などのやうな特別の日がいゝ折ではあるまいか。

 自然の見方、感じ方、さうして人間自身の自然界での位置、といつて何も格別なものでもない、その事実を事実のまゝに自覚させることが文学者の仕事の一つではあるまいか。少くも東洋の文学それも詩歌の精神の中にはさういふものがあるやうに思はれる。大自然の中に他のものと形は違つてみるが気息は同じく生きてゐる人間を知る喜びがいはゆる風流といふ精神の一つの角度ではないであらうか。

 人間が果して猿と祖先を同じくしてゐる者かどうか自分はこれを知らない。それでも神の恩寵によって特別に造られたといふ考へ方よりは芸術的な真実を多く持つた意見である。これが科学的真でなくても近代の科学的伝説であつても有意義な意見である。それと同時に東洋には何時の頃からか十二支といふものがあつて人間のなかにさま〴〵な動物の性格あることを会得させようと企てゝゐることも有意義な面白い事どもである。

 小泉八雲はどの文章のなかでいつたのであつたか、もうよく覚えないが、小動物に対する愛情は天才の一左証であつて、これは飽くまで先天性であり、教養では到底与へることの出来ない性情であるといふ意見を述べてゐるのを面白いと思って見たのを覚えてみるが、それが果して天才の左証かどうかはしばらく措いて小動物を愛することを知らないで生きてゐる人は宇宙にたくさんある兄弟を認知し得ないでゐるのだから不幸である。仏教は輪廻の思想によつてこれを民衆に教へた。仏教の深さはかういふ点にも現れてゐる。

 もつともこれを愛好するといふのは決して飼育するの謂ではあるまい。小動物と限ることもあるまいが、大きな動物になると愛情よりも恐怖の方が伴なひ勝だから小動物と限って見たものであらう。これは飼育するよりも自然のなかに自然のままでゐるのを見る方が本当に愛好するゆゑんであらう。その飼育は一切の愛を所有慾に置き換へる大きな過誤の一部分である。

 このお正月は努めてだ眠を破り夜明け前に子を伴なうて産生の八幡さまへお詣りし、皇軍の武運長久と世界の平和とを祈念しよう。

 余談に流れた末で畏いが、神苑朝は詩に絵にこの上なく好もしい御題を仰出されたものである。散文的な現代を反省せしめようとの大御心に出でさせられたかと仰がれるのも有難い。

 五十鈴の朝靄を縫うて渉る鵠鵲をまぼろしに描きながらおぼつかない筆を欄く。

底本:『定本 佐藤春夫全集』 第22巻、臨川書店

初出:1938年(昭和13年)1月1日、3日、5日発行の『報知新聞』の
「学芸」欄に(上)(中)(下)として掲載

(入力 てつ@み熊野ねっと

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2015.8.24 UP

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