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熊野路

佐藤春夫


【しかはあれども このごろは 京の伊右衛門の前挽きも三分のあたひ 二両二分】

 衆皆、有頂天ななかに、偶それを押へて分別臭い年輩なのがゐる。諸貨金は上る、持ちも平田も木皮(こっぱ)の値までいいのは有難いが、一方翻つて思ふに、この頃、仕事の元手たる諸道具一式はどうだ。京の伊右衛門が店の前挽(木挽専用の大鋸)も三分のものの値は二両二分になったではないか。

前挽きは大鋸の一種である。伐木用のものは二人挽きであるが、これは主として製板用の一人両手を用ひて上方前後に挽くものである。それの三分といふのは不明であるが、前挽は普通は径尺五寸を定めとしてゐるがその定めをたつぶりとして五寸の上三分のゆとりのある最高級品であらうといふ説に従ふ。何れにせよ大鋸の特に三分と言ひ出したところを見ると就中高値のものと見えるが、それが二両二分。

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底本:『定本 佐藤春夫全集』 第21巻、臨川書店

初出:1936年(昭和11年)4月4日、『熊野路』(新風土記叢書2)として小山書店より刊行

(入力 てつ@み熊野ねっと

長うた狂歌「木挽長歌」:熊野の歌

2015.12.24 UP



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